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ミャンマー難民青年の決意「祖国に戻らず日本で暮らす」

Written By site on 2013年3月28日木曜日 | 4:10




長く続いた軍事政権から民主化への動きが加速しているミャンマー。実は、改革が進む今でも30万人以上の難民が国外に逃れています。私たちは2年半にわ たって、あるミャンマー難民の青年を取材してきました。「祖国に戻らず日本で暮らす」そう決断した彼の想いとは・・・。ビデオでご覧ください。

 http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20130328-00000013-jnn-int

ミャンマー民主化と異国の民主活動家

Written By site on 2013年3月27日水曜日 | 7:36




ミャンマーの民主勢力のリーダーで、今は国会議員のアウン・サン・スー・チーさんが来月、来日する。ミャンマーではスー・チーさんの自宅軟禁だけでなく、 一般の人も出版や集会の自由がない状態が続いていた。そんな中、日本で祖国の民主化に向けて活動してきたミャンマー人がいる。

 26日の『デイリープラネット』「プラネット・View」は「ミャンマー民主化と異国で活動するミャンマー人」をテーマに、ミャンマー人の民主活動家を15年間取材し、ドキュメンタリー映画にまとめた土井敏邦監督に話を聞いた。(動画配信のみ)

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20130326-00000068-nnn-int


スー・チー氏、米訪問をスタート ミャンマーでは受刑者514人釈放へ

Written By site on 2012年9月18日火曜日 | 5:42



ミャンマーの民主化運動指導者で最大野党・国民民主連盟(National League for Democracy、NLD)党首のアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏は17日、米ワシントンD.C.(Washington D.C.)に到着し、自宅軟禁中には生涯、不可能とも思われていた米国訪問の日程を開始した。
ノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)受賞者であり、2010年までの約20年間のほとんどを自宅軟禁に置かれるという苦難を乗り越えたスー・チー氏には、訪問先での温かい歓迎が予想される。

 18日間の米国滞在中に、スー・チー氏が出席する予定の行事は100件近くに上る。

 18日にはヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)国務長官と会談し、翌19日には米議会を訪れ、同議会の勲章としては最も権威ある「議会名誉黄金勲章(Congressional Gold Medal)」を授与される予定だ。

 バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も、大統領選の遊説を一時切り上げてスー・チー氏と会談するとみられているが、ホワイトハウスからの発表はまだない。

 一方、ミャンマー政府は17日、スー・チー氏の米国訪問や次週のテイン・セイン(Thein Sein)大統領の訪米にあわせたかのように、民主化改革を示す政策の一環として、さらに受刑者514人の釈放を発表した。ミャンマーの民主化団体「Generation 88(88年世代)」によると、このうち少なくとも15人が政治犯だという。

アウン・サン・スー・チー氏、ヤンゴンで会見 国民に協力求める

Written By site on 2012年7月4日水曜日 | 5:16

7月3日(火)21時47分配信
ミャンマーの最大野党党首アウン・サン・スー・チー氏が3日、4日から始まる連邦議会を前に最大首都ヤンゴンで会見を開き、さらなる民主化に向けあらためて国民に協力を求めた。
国民民主連盟党首のアウン・サン・スー・チー氏は「連邦議会の一員になったので、立法に携わります」と述べた。
アウン・サン・スー・チー氏は、最大野党の国民民主連盟は、「準備が整っていて、しかるべき時に行動する」と述べ、4日から始まる議会に意欲を示した。
そのうえで、アウン・サン・スー・チー氏はさらなる民主化には、軍や国民の協力が必要だと訴えた。
アウン・サン・スー・チー氏は「ミャンマーの平和は、最終的には国民自身で成し遂げなければならない」と述べた。
アウン・サン・スー・チー氏が連邦議会の最初の3日間を欠席することについて、「国内問題を軽視している」との批判の声も上がっていたが、「審議に向けた提案を準備している」と強調した。

「ミャンマー」呼称求める=選管がスー・チー氏に

Written By site on 2012年6月29日金曜日 | 4:27

6月29日(金)14時17分配信
【バンコク時事】ミャンマー国営紙は29日、連邦選挙管理委員会が最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー氏に対し、国名として「ビルマ」ではなく「ミャンマー」を使用するよう求める告知を掲載した。
選管は「国名は憲法でミャンマー連邦共和国と定められている」と指摘。NLDは政党として登録し、憲法護持を宣誓しており、これに従う義務があるとした。
スー・チー氏は軍事政権下で定められた「ミャンマー」の名称を認めず、記者会見などでも「ビルマ」を使っている。バンコクで開かれた世界経済フォーラム東アジア会議や訪問中の欧州で講演した際も同様にしたため、選管が注意を促した。

死者80人、避難民9万人超 ミャンマー・ラカイン州の衝突

Written By site on 2012年6月21日木曜日 | 6:45

6月21日(木)19時10分配信
 【シンガポール=青木伸行】ミャンマー西部ラカイン州では、仏教徒と、イスラム教徒のロヒンギャ族との衝突が非常事態宣言後も収まらず、死者は80人以上、避難民は9万人以上にのぼっている。

 今月10日夜に非常事態宣言が出されたラカイン州には、陸・海軍が投入され厳戒態勢が敷かれている。その間隙を縫うように、19日には州都シットウェから約65キロの村で新たな衝突が発生、8人以上が死亡した。

 ロヒンギャ族が5月28日、仏教徒の27歳の女性を暴行した事件を契機に拡大した衝突では、多くの行方不明者もおり、死者数はさらに増える見通し。また、女性を暴行した3人のロヒンギャ族は逮捕され、1人は拘留中に自殺し、残る2人は死刑判決を受けた。

 深刻な問題となっているのは大量の避難民だ。その数は世界食糧計画(WFP)の推計によると、約9万人。WFPはコメなど2800トンの緊急食糧を用意し、6万5千人に支給したものの、2万5千人にはなお、行き届いていないとしている。

 ミャンマーでは2008年、台風の被害で13万8千人以上が死亡した。このとき当時の軍事政権は、国際社会からの支援受け入れを事実上、拒んだ経緯がある。非政府組織(NGO)のアムネスティ・インターナショナルの関係者は、「ミャンマー政府の今回の対応は台風被害時に比べると、はるかにいいが、それでも遅い。人道支援は急を要している」と指摘する。

 ロヒンギャ族の避難民は陸・海路で、国境を接するバングラデシュに押し寄せている。だが、バングラデシュはすでに、過去にミャンマー政府の弾圧から逃れてきたロヒンギャ族約30万人を、公設キャンプなどに抱えており、新たな避難民の流入を拒絶している。

第三国定住説明会、募集キャンプ拡大

Written By site on 2012年5月4日金曜日 | 0:42

5月4日(金)6時31分配信

 タイに逃れたミャンマー難民を日本に受け入れる第三国定住制度について、日本政府は3日、タイ北西部にある難民キャンプで説明会を実施しました。

 ミャンマー難民に対する説明会はタイ北西部のウンピアム難民キャンプで行われ、3日はカレン族の難民15家族41人が出席しました。

 日本政府はおととしから、アジアでは初めて「第三国定住制度」に基づき試験的に難民を受け入れていて、政府は今年3月、期間をさらに2年間延長することを決めています。また、メラ・キャンプ1か所に限っていた募集対象を本年度から同じミャンマー国境に近いウンピアムとヌポを加えた3か所に広げています。

 「日本という国を知ってもらって、日本に来た後、どういうことができるのかイメージをつかんでもらえれば、もう少し日本についての関心がキャンプ全体で広がり候補者も増えるのでは・・・」(在タイ日本大使館 伊藤純史1等書記官)

 当初の予定では1年に30人ずつを受け入れる計画でしたが、実際は目標の6割程度にとどまっていて、今後、日本に対する理解を深めてもらうための広報活動にも力を入れていきたいとしています。

ミャンマー制裁、解除・停止を…国連事務総長

Written By site on 2012年4月30日月曜日 | 6:48

4月30日(月)18時27分配信

 【ヤンゴン=深沢淳一】ミャンマーを訪れた国連の潘基文(パンギムン)事務総長は30日、首都ネピドーの連邦議会で演説し、「国際社会に対し貿易制限や制裁の解除、停止を求める」と語ってミャンマーの民主化改革を後押しする姿勢を強調した。

 AFP通信によると、潘事務総長は演説に先立ち、テイン・セイン大統領と会談した。事務総長は、大統領のこれまでの民主化への取り組みを評価した上で、国民和解の推進を求めたとみられる。潘事務総長のミャンマー訪問は2009年以来で、昨年の民政移管後は初めて。5月1日にはアウン・サン・スー・チー氏とも会談する

ミャンマー政府と交戦 少数民族カチン独立機構書記長 日本に和平仲介求める

Written By site on 2012年4月29日日曜日 | 2:46

4月29日(日)7時55分配信

 ミャンマー政府と内戦状態にある少数民族の武装勢力、カチン独立機構(KIO)のラキェン・ラジャ書記長(67)は28日、都内で産経新聞の取材に応じ、「外国の監視がなければ停戦が安定的に継続するか疑わしい」と述べ、日本政府に和平協議の仲介と停戦監視団の派遣を求めた。

 書記長は、11の少数民族武装勢力で作る「統一民族連邦評議会」(UNFC)の特使として来日。26日に外務省を訪れ、仲介を要請した。

 政府は7勢力との間で停戦に合意しているが、KIOとの協議は難航。昨年6月以降、傘下のカチン独立軍(KIA)と国軍との間で激しい戦闘が続いており、4月1日の連邦議会補選でもカチン州では投票が延期された。

 書記長は、「KIOが求めるのは連邦内での自己決定権だ」と分離独立は否定。カチン州では子供7千人を含む7万5千人の避難民が発生し、キャンプ46カ所での健康管理などが「過重な負担になっている」として、日本政府に人道支援を求めた。

 テイン・セイン大統領が進める民主化にも懐疑的で「経済制裁はまだ必要で、解除は段階的に行うべきだ」と主張した。その上で、「日本はミャンマー政府に強い影響力を持っている」と述べ、日本の仲介に強い期待を表明した。

 ただ、上智大の根本敬教授は、「日本は現政権の改革を注視する姿勢を取っており、仲介に乗り出す可能性は低い」と指摘している。(田中靖人)

EU、ミャンマー事務所開設=スー・チー氏ら出席

Written By site on 2012年4月28日土曜日 | 6:13

4月28日(土)20時7分配信

 【ヤンゴン時事】ミャンマーの最大都市ヤンゴンで28日、欧州連合(EU)の事務所が開設された。開所式にはミャンマーを訪問中のEUのアシュトン外交安全保障上級代表(外相)やアウン・サン・スー・チー氏が出席した。
 式典では、スー・チー氏とアシュトン氏らがテープカットのセレモニーを行った。事務所関係者によると、EUは今後、同事務所を足掛かりに代表部設置を目指すという。 

登院拒否のスー・チーさん、政治駆け引き

Written By site on 2012年4月27日金曜日 | 8:33

4月27日(金)20時7分配信

今週、ミャンマーで国会議員としてデビューするはずだったアウン・サン・スー・チーさんは、未だに議会に姿を見せていません。背景には、少数野党として発言力を確保しようという狙いがありそうです。

 「あくまで(宣誓の文言をめぐる)技術的な問題です。政治的な問題にするつもりはありません」(アウン・サン・スー・チーさん)

 軍事政権時代に作られた憲法を守るという宣誓を拒否し、議会を事実上、ボイコットしているスー・チーさん。本人は否定しますが、政治的な計算が働いているのは明らかです。背景には、このままでは公約に掲げた憲法改正の実現が難しいという事情があります。

 「スー・チーさん率いる野党NLDが出席を取り止めたまま、ミャンマー議会下院が始まりました。白い服を着ているのが、ほとんどが与党議員、向こう側には4分の1の議席を与えられている軍人の姿もあります」(記者)

 憲法改正には議会で4分の3以上の賛成が必要ですが、議席の8割は、軍政の流れをくむ与党と軍人で占められています。

 「我々は憲法を改正すべきとは考えていません」(与党議員)

 少数野党として埋没してしまうのを避けるため、登院を拒否して存在感を示しつつ、テイン・セイン大統領をはじめ、政府や与党内の改革派を巻き込んで発言力を確保する。議員デビューをも政治的駆け引きの材料にするスー・チーさんの政治手腕が注目されています。

早期の制裁解除を否定=ミャンマー民主化で米次官補

Written By site on 2012年4月26日木曜日 | 4:19

 4月26日(木)12時4分配信

【ワシントン時事】キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は25日、下院外交委員会の公聴会でミャンマー情勢に関連し、「制裁を解除するつもりはない」と述べ、全面的な制裁解除は時期尚早との見方を示した。
 キャンベル次官補は、ミャンマーの政治改革の影響が都市部や多数派のビルマ族が多く住む地域にとどまっていると指摘。少数民族の居住地域では、市民に対する攻撃や残虐行為が続いていると懸念を表明した。

スー・チーさん、初登院とりやめ

Written By site on 2012年4月25日水曜日 | 3:34

4月25日(水)14時49分配信

ミャンマー議会の補欠選挙に当選したアウン・サン・スー・チーさんが、23日に予定されていた初登院をとりやめました。背景には憲法の改正をめぐる攻防があります。

 「問題はまだ解決していません」(アウン・サン・スー・チーさん)

 先日の連邦議会補欠選挙で、スー・チーさん率いる野党=NLDからは41人が当選。しかし、全員が23日の初登院をとりやめました。

 「最重要課題は法の支配、少数民族との和平、それに憲法改正です」(アウン・サン・スー・チーさん)

 選挙前の会見で憲法の改正を訴えていたスー・チーさん。初登院とりやめの背景にあるのは、軍事政権時代に制定された憲法をめぐる攻防です。現行の憲法には、連邦議会で4分の1の議席を軍人に割り当てるなど民主化に逆行する規定があるため、スー・チーさんらにとっては受け入れられません。

 「初登院の際に宣誓をする必要がありますが、その中に“憲法を守る”という文言があります」(NLD報道官)

 新人議員は初登院の際に憲法を擁護する宣誓をしなければならないため、スー・チーさんらはその宣誓の文言が変更されるまで、議会に出席しないというのです。スー・チーさんとしては筋を通した形ですが、その政治手腕に注目が集まる中、国政への進出は波乱含みのスタートとなりました。

ミャンマーに最大600人政治犯…EU上級代表

Written By site on 2012年4月24日火曜日 | 4:50

4月24日(火)10時52分配信

【ブリュッセル支局】欧州連合(EU)のアシュトン外交安保上級代表は23日、ミャンマーの政治犯について「約700人が釈放されたが200~600人がまだ(収容されて)いるものと理解している」と述べ、テイン・セイン政権に早期釈放を求めた。

 ルクセンブルクでのEU外相理事会後の記者会見で語った。アシュトン代表は、すでに釈放された政治犯にも様々な制約が課されているとして、解除するよう求めた。

 外相理事会では、EUがミャンマーに科している制裁措置を、武器禁輸を除いて向こう1年間停止することで合意した。

宣誓の文言変更は困難=登院「スー・チー氏次第」―ミャンマー大統領

Written By site on 2012年4月23日月曜日 | 1:25

 4月23日(月)13時25分配信

 来日中のミャンマーのテイン・セイン大統領は23日午後、都内で記者会見し、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏らが議員就任宣誓の文言に同意できないとして国会への初登院を見送ったことについて、「国会に入ってくるかこないかはスー・チー氏の方が決めなければならない」と述べ、文言の変更という同氏の求めには応じ難いとの認識を示した。
 ただ、大統領は「国会はスー・チー氏が入ってくることを大歓迎している」と強調。同氏や、同氏率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)に登院見送りという決定を再考するよう促した。 

<ミャンマー>電力インフラ整備 日本政府が支援本格再開

Written By site on 2012年4月22日日曜日 | 2:40

4月22日(日)16時36分配信

 日本政府が21日に発表したミャンマー支援の本格再開は、テインセイン政権が進める「貧困撲滅」や「民主化」の動きを後押ししそうだ。この国は長く、国連が指定する「最貧国」にとどまる。アウンサンスーチー氏率いる民主化運動は生活改善への要求とも連動し、「貧困撲滅」と「民主化」は表裏の関係だ。このため、日本の支援強化が「貧困撲滅」に寄与すれば、一層の「民主化」につながる可能性がある。

 昨年3月の民政移管に伴い誕生したテインセイン政権は「貧困撲滅」を最優先課題の一つに掲げている。「貧困」を解消していくことで、これまでの民主化運動の高揚につながった国民の不満を解消したい狙いもある。

 ミャンマーは60年代まで、経済面で「(今や成長著しい)タイをしのぐ経済力」(津守滋・元駐ミャンマー大使)だった。日本デパートの最初の東南アジア進出国はミャンマーで、当時の首都ラングーン(現ヤンゴン)の国際空港はハブ(拠点)空港だった。

 その経済を支えた一つが、日本の戦時賠償に始まる経済支援だ。今もミャンマーの電力供給の約2割を賄うバルーチャン水力発電所の建設は、日本の政府開発援助(ODA)のモデルになった。今回再開する円借款は、この発電所の改修にも充てられる。

 だが、軍事クーデター(62年)で成立したネウィン政権が事実上の鎖国政策を採用したことで経済が極度に悪化、88年以降の民主化運動につながる。

 長い軍政下、関係を強めた中国以外の外国支援は事実上途絶えた状況となった。今や、生活改善だけでなく、産業の育成、外国企業の誘致に向けても、電気や上下水道、道路といったインフラの整備は不可欠だ。

 特に電力については、ヤンゴンでも最近まで日常的に停電が続いた。ミャンマーは近年、天然ガスの開発を急ピッチで進めてきたが、米欧の制裁下、貴重な外貨獲得源として大半はタイや中国向けで、国内供給は限られてきた。

 国民の間に「資源に恵まれながら『最貧』に甘んじ、しかも資源を外国に奪われている」との認識が広がり、電力問題はその象徴でもあった。

 こうしたこともあり、テインセイン政権は昨年9月、北部州で中国が自国向けに開発していた水力発電用の巨大ダムの建設について、「国民の反対が強い」と中断を発表した。国際社会が「ミャンマーの改革は本物」との認識を強める契機になった出来事だ。予定地一帯は少数民族の居住地域で、住民は立ち退きを強いられ、環境破壊につながると反対運動を起こしていた。

 テインセイン政権は、「独立」や「自治」を掲げて武装闘争を続ける少数民族の問題にも直面しているが、「少数民族問題は突き詰めれば経済の問題」(ヤンゴン外交筋)でもある。再開する日本の支援は少数民族地域にも重点的に向かう。

 ただ、日本の途上国援助は環境破壊、汚職、貧富の格差など、さまざまな「負の遺産」を残した経緯もあり、慎重に進めないと、むしろ逆効果をもたらす可能性がある。【春日孝之】
 
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